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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

「これやひどい酒の匂いだ。こんな兄は見たこともない。よう姉君は御辛抱しておいででしたな」

「でも、この登子をお案じ給うて、私の身を、ここに探し当てると、もう堪らぬ、一ト眠りじゃと、横におなり遊ばしたのでございました。さしての御乱酔とも思えませぬ」

「して、執権殿の御前の首尾は」

「それはもう……」

と、笑いこぼして。

「どちらもどちら。天狗と天狗の御狼藉でございました」

直義は、あきれた。

大宴の始終、高時の物狂い、天狗騒ぎなど、それを話す登子からして、しごく平然なので、美しいこの嫂の心理までが、いぶかられた。

「ではその間、あなたは、どうしておいでだったのです」

「わが夫をおいて、ひとり帰るわけにもまいりませぬ。この小御所口の控えまで退がって、簾の蔭から、遠く眺めておりました」

「恐ろしくもなく?」

「それはもう、恐おうて、恐うて、一ときは、どうなるやらと、身もふるえながらに」

そうは言いながらも、登子の姿のどこにも、そんな萎縮は見えもしない。まだ小むすめともいえばいえるこの嫂は、ひょっとしたら白痴か、なにか足らないのではあるまいか。さもなくば……と、直義は思った。