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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页
いやお名だけは薄々聞いておる。この上は、おつつみするも無益だ。自分は正成の弟、楠木正季」
つづいて、他の二人も、
「拙者は、中院ノ雑掌俊秀」
「てまえは、この辺の郷士天見ノ五郎常政です」
あからさまに名のった上で、さて訊ねた。
「なんでまた、御両所には、かかる所で、六波羅放免の偽山伏などに取り囲まれておったのか」
正季らの質問に、二人が事のわけを、打明けていた隙だった。
後ろの灌木の茂みから、カサコソと這い出しかけた者がある。――ふと振向いた中院ノ俊秀と天見ノ五郎が、
「やっ、あれ逃がしては」
と、すぐ跳びかかって、無造作にその者の襟がみをつかみ、ずるずる道のまン中まで引っ張り出して来た。
「この諜者め」
五郎の足蹴を食って、甲羅返しにひっくりかえった八荒坊の忍ノ大蔵は、なお、
「く、くそっ」
と、死力であがいたが、行衣を泥にするだけで、起直れもしなかった。太股と肩の辺りに、二本も矢をうけていたのである。
「まあ、そう手荒にせんでもいい。もう、逃げも出来まい」
楠木正季は、年上らしくそういった。そして、泥土の上の容貌や風態を、たとえば、深海の怪魚を陸に揚げて見たように、しげしげ眺め抜いていた。