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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

残念がッておられ申した」

意外な彼のことばに。

「では、そのお人は、前ノ大内記日野俊基朝臣でおわそうが」

「や、御存知か」

「わしも、あとにて知った」

「いよいよ、御縁がある」

「ところで御辺は何者」

「申しおくれた」

彼は、急にあわてて。

「――禁裡大番の武者、美濃国の住人土岐左近頼兼と申すもの。この正月にて解番となりしゆえ、国元へまかり帰る途中でおざる」

「では、わしも告げよう。察しのとおり、自分は足利又太郎高氏にちがいないが、先刻、高氏ちがいと申されたのは、いかなるわけか」

「さ、それが奇遇。お年頃もお名も、まったく同じ高氏殿が、もひとりあれにおらるるのじゃ。ハハハハ、世間はせまい。高氏殿と高氏殿とが、かかる道にて行き会うとは」

この世間に、自分と同じ高氏という“名のり”を持つ人間が、もひとりいたとは初耳だった。さして、ふしぎとはなしえないまでも、土岐左近の言のごとく、人生途上、まこと行路の一奇遇にはちがいない。

が、その同名の高氏とは、いったい、何処のいかなる素姓の人物なのか。

――左近が語るところを次に陳べてみるならば。

この近江路の要衝を占める愛知、犬上、坂田の諸郡にまたがる豪族といえば、古くから近江源氏と世に呼ばるる佐々木定綱、高綱らの末裔の門たるは、改めていうまでもない。