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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

「そうだったな。もすこし、笑うてでもいなければ悪かったか」

「おとりもちの至らぬせいと、後でわたくしたちが、お叱りをうけまする」

「それでは不愍。おまえたちは土地の遊女であろうがの。わしも笑いたいのだ。笑わせてくれい」

「お門違い。それは舞台の方へおねだりなされませ」

高氏はあやされている子供に似ていた。

が、まもなく、彼もすべてをわすれ顔に、心から今夜の田楽饗応に溶け入った風である。頬には少し酔いものぼってくる。

右馬介は桟敷に見えない。家中一同の中なのだろう。折々、高氏の姿へ、くばられて来る注視は、やや離れた座席にある佐々木道誉と土岐左近の眼であった。

演技の番数は、佳境らしい。

いまも、喝采の波につれ、どっと笑いのしぶきが立つ。

弓の的場を変えた俄舞台は、よしず囲いに、よしず廂。背景においた屏風と両わきの袖幕とが、装置といえばいえもする。

夜空には、たくさんな星。

またここにも、無数の吊り灯やら芝居篝が、ソヨ風のたび油煙を吹いたり火をハゼたりした。そのため、舞台はのべつ明暗のまたたきをしていたが、しかし、田楽役者の玉虫色に光る衣裳も、田楽女の白粉顔も、かえって夢幻を鮮らかにし、われひと共にひとしい時代の抱く哀歓と、それが求める救いの滑稽とを、一種の妖気のように醸していた。