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しほんたいへいき

私本太平記(五)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(五)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 页

青空文庫

われらが取り越し苦労にはおよびますまい」

直義も近ごろそれは信じている。兄の馬群をすぐ追った。やがて、ばくばくたる土ぼこりで、かぶとの耀きも、よろいの色も、黒い怒濤となってゆく。

不審な?

と、このとき早や誰かは感づいていていいはずだった。――なぜならば、夜来、足利軍のまえにも、重厚な敵陣はしかれていたのに、これだけの兵馬が川を渡って来るあいだ、敵から一ト矢のひびきもないのはなぜか。

あるいは、敵の計だろうか。引きよせてつつむ法もなくはない。しかし、それなら高氏に、それらしい予見があろう。こう緩々と、無人の境でも行くようなのは、何とも怪しむべきかぎりであった。

やっと、一部の将士が、この点に気づき出したときは、高氏以下、人馬の流れは、桂川の西、松尾寺の山ぎわから、北へ転じて、大江越えの山坂を前に仰いでいた。

「まてよ。これやこのまま従いては行けぬぞ」

摂津の人、奴可四郎は、戦友の中吉十郎を押しとめて、俄に、おもての色を変えた。

「足利殿その人も、この軍勢の様子も、心得ぬことばかりだ。おぬしどう思う?」

「もしやと、おれもさっきから疑っていた。問わずもがな、ふた心にちがいないわ。