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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
吉川英治『私本太平記(五)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 页
毛抜き
まるで動かぬ山だ。山はこっち向けにすることは不可能だ。彼はひそかにあきらめた。
毛抜き
執事の高ノ師直は、定刻、六波羅北殿の廂の一室で、いつもどおり坐っていた。
諸国との往来文書、鎌倉にいる直義との連絡時務など、山ほどな用を一おう整理しておき、朝々、ここで主君の胸に訊くのが、彼の要務の一つなのである。
が、今朝はだいぶ遅い。――尊氏の目ざめがである。――お疲れはごむりもないと、彼もそれは合点の容子だ。
ふところから毛抜きをとり出し、懐紙を持ち添えて、鼻の毛など抜いていた。
だが、そのつれづれも余りになると、彼は固ぶとりな体躯をやがてもてあましてきた。家中では木像蟹とアダ名があり、他家の御執事とは型ちがいで、いたって不行儀なほうである。それにこのごろ奥歯かどこか、歯を病んでいるらしく、片方のアゴが少しふくれている。
それを気にして、しきりにそこを指頭で揉んだり、歯の根を噛んだりしていたが、次第に歪めつづけていた顔は、一切夢中になってきて、
よし
と、関東者の我武者を振いおこしてきたとみえる。毛抜きのさきに小さい巾を巻いて、口のなかへ頬ばッた。痛む歯を引き抜こうとするのらしい。