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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
吉川英治『私本太平記(五)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 252,330 字 · 505 页
いまはどうか。古記にはそんな形容がつかわれている。「石くえ」とは、石ナダレのことである。
「切岸に沿って行くのはかえって危ないぞ。なるべく干潟の遠くを通れ」
口から口へ、義貞は、うしろの隊へ伝令させた。
陰暦五月二十二日は、まだ俗にいう“大潮”の季間である。かなり沖遠くまで潮は引く。
その時刻も、後世幾多の考証で、あきらかに算出されており、正しくいえば、最干潮時は、いまの時間で午前二時五十七分であった――という。
まさに時こそであったのだ。義貞以下、江田、里見、烏山、羽川、山名などの旗本、諸部隊、多くは騎馬で、むら千鳥のように駈けみだれた。
けれど古来、この新田義貞の稲村ヶ崎駈け渡りの事は、古典から伝説化されて、例の有名な史話となっている。
それは義貞が、佩いていた黄金づくりの太刀を海中に投じて、龍神に祈念をこめたところ、彼の忠烈を龍神も納受ましまし、
その夜の月の入る方へ、
前々、干る事もなかりし稲村ヶ崎
俄に二十余町も干あがりて、
平沙渺々たり。
横矢、射んと、待ち構へぬる数千の兵船も、
落ち行く潮に誘はれて、
遥かの沖に漂へり。
不思議といふも類なし。
という奇蹟話になっているのである。