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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

まだ二十一

「首が咲いたね、土筆みたいに」

「今年は花見と思ったが」

「また、首の春だよ」

人は、このような物を見ても、そこの前を笑って通るほどな群れになっていた。無常を感じるほどな血の濃さもなくなっていたのである。――そしてここは北朝の都だが、南朝の吉野の山は、どんな春を粧い出していたことか。

まだ二十一

吉野に開かれた南朝の政府は、さしあたって、後醍醐のおはいりになった山上の吉水院をあてて、そのまま、

吉野朝廷

としていた。

そこは、蔵王堂の供僧坊とよぶ小院で、やや下がりかけた崖に倚って、一面は谷に臨み、いつも下へ落ちてゆく水音が寒かった。

花に寝て

よしや よし野の

よし水の

枕の下を

石走る音

ここへおちつかれてからの後醍醐は、しきりと歌を詠まれていた。それも秀歌が多かった。自然、運命の極限が、人の悲腸に詩魂を叫ばすのであろうか。

ここにても

雲井の桜咲きにけり

ただ かりそめの

宿と思ふに

これらの御製にみても、吉野はもう花の雲だったにちがいない。そして一月いらい、足利方の目をくらましては、都を出奔して、これへ集まってくる公卿たちも多く、御座のあたりもいつとなく賑わっていた。