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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

武庫川始末

いずれにせよ、南朝方のよろこぶ足利家の内訌は、これによって大きな肉の裂け目を、白日にさらしてしまった。すでに曝された以上はなお果断に果断をとってその根絶を計ろうとするのが当事者の常道である。師直はそれへつきすすんだ。

越後へ流された上杉重能と畠山直宗は、そのご流刑地で暗殺されてしまった。もちろん師直のさしずである。

噂は噂を生じ、直義の身近にも暗い翳がさしてきた。いつとも知れぬ危険を直義自身も感じずにいられない。で彼は、一切の権力から身を引いたのみでなく、頭をまろめて、名も恵源とあらためた。そして錦小路の門に蟄居していたが、もちろんこの謹慎は心からなものではなかった。

武庫川始末

あくる年の四月ごろ。

「あの、おかしげな法師も、とうとう亡くなったそうだよ」

と、町で噂する者があった。

おかしげな法師とは、吉田兼好のことであった。当年六十八であったという。

双ヶ岡の草庵で長く病んででもいたのか、旅先で果てたのか、よくもわからず、またその死を悼む者もない。

ただひとつ想像できるのは、きっとあの幼少からの一弟子が、もう雀をふところに飼う寝小便小僧ではなく、りっぱに成人して、師の枕元に死ぬまで侍いていたであろうことである。