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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

が、それあるを予期していた畠山国清、石堂頼房、小笠原政長らの軍に待たれて、尊氏以下は、打出ヶ浜でさんざんな苦戦にまみれた。――師直、師泰もこの日に負傷し、疲労困憊のかたまりのような残軍を湊川まで引いて、残る将士をかぞえてみると、寥寥、一千にも足りなかった。

尊氏が、自決をかくごしたといわれたのは、このときではなかったか。

彼はいくども死地に陥った経験をもち、同様な噂を何度もこれまでの経歴には持って来ている。だが彼は本心から自刃を考えたことは一度もない。彼は物の終りという考えを知らないのだ。追いつめられた運命のどたん場にはなおその活機が働くのである。禅がものをいうのかもしれなかった。自意識でなく現実の自己は突っ放している。そしてほかに何か寸秒の転機でも待つかのような無表情をただその顔に持つだけだった。

すでにどこかで、この晩あたりは、夢窓国師の和解の斡旋が、おこなわれていたのである。が、尊氏は知っていない。しかし彼の考えついたことも、直義との和睦であった。――夜半、旗本の饗庭氏直は、彼のむねをおびて、直義のいる八幡へ馬をとばして行った。あとの尊氏は、魚見堂で眠りについた。