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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

なぜか、この魚見堂で眠るときは、いつも彼の運命は巌頭にあった。筑紫落ちの前夜、また九州から再東上の日、そして今夜――

「真光寺の墓は、どうしたろうな?」

自分の手で弔ってやった正成の首が彼の瞼をたゆたわせていた。すがすがしい一個の生命は眠りの中で思ってみても寂かな池の花でも見ているようで気もちがいい。いまだに地獄の火坑から脱け出られない自分にかえりみて羨ましかった。

「おう、そういえば、右馬介もあれきりわしの許へ戻って来ぬ」

むしろ彼のためには、それがよかった気さえして来る。幼少から自分の傅人役として仕えてくれた右馬介がもしここにいて、この君臣相剋の乱脈やら父子兄弟の戦いなどを見ていたら、彼は身をおくに所もなく、発狂していたかもしれぬ。

――饗庭は一日おいて帰って来た。講和はいれましょうと直義は言っているという。

当然、条件が提示されて来た。師直、師泰の引渡しだった。それが主である。だが、尊氏にはこれが呑めない。そのため、相互の使者の往返が三、四度にもおよんだ。結局、師直、師泰は高野山へのぼらせて生涯を出家遁世に終らせる。これなら尊氏は二人へ告げて観念させることができるとしたのである。