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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

公卿にさえ聞えたことなので、一般の武士間にもひろまった話なのであろう。いかに彼らが心底ではなお尊氏を恐れ、そして直義との実力差を、暗に見くらべていたかがわかる。

直義は焦躁し出した。自分の位置の不安定感が日と共に事実化されてくるのが分り出してきたのである。

重荷もあった。

南朝方への帰順と降伏条件の交渉だった。それの懸案も苦しかった。

だが直義は主張をかえない。

「両朝合体のうえは、どんなお望みも容れましょうが、ただ政権だけは従来どおり、武家へお委せねがいたい」と。

もしこの一箇条をくずしたら全武士の支持は幕府から去るだろう。直義個人の存立もおぼつかない。

もとより南朝側の欲するところも、後醍醐いらい変らないそれにあった。もつれるだけで成立のはずはなかった。

尊氏は、この交渉を、黙って見ていた――。

北朝の朝廷でも、内々この合体はよろこんでいない。武士に不人気なのはいうまでもなく、直義の姿にはようやく孤立の翳がさしかけていた。

そんな時も時だったのである。尊氏は俄に、

「あれいらい、佐々木道誉は、近江にこもって、義詮の召にも応ぜず、ひそかに款を南朝に通じて、事をたくらむとの噂もある。