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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
13 黒白帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页
好色「師直草子」
むしろ累卵の危うさに似るものだったともいえる。
それにこの年の暮には、妙な咳の病が大流行して、死ぬ者が多かった。そしてこの奇病は「遣唐船が海の外から持って帰った“天龍寺風邪”だ」と世間はいった。これなどもまたいい兆候とはみられない世態であった。
好色「師直草子」
一条今出川の高ノ師直の家は、いつのまにか、尊氏の高倉邸や、直義の三条邸に次いでの、大第館となっていた。
附近には一族家臣らのやしきも衛星のごとく、自然、新しい一ト町さえできてきたので、
「えらい開けかたよ。やがてここもむかしの西八条(平家時代清盛のいた所)のような繁華になろうか」
と、いわれるほどで、およそ師直の門に、客の車や輿が絶えたことはない。それもひところは、
「ご政道はみな、錦小路殿(直義)の御可否にある」
と人も知っていたので、彼の門もさびれていたが、ここ数年前からは、やはり将軍家執事の高家によらねば、公辺のらちはあかぬとあって、政務、雑訴、幕府の内許事など、さまざまな訴願はみなここへもちこまれていた。そして、あらそって、彼の鼻息に媚び、賄賂をはこぶなど、浅ましいばかりな繁栄なのだった。