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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
13 黒白帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页
そして、いつも心のすみのどこかには、前身のひけめが住み、田楽女の藤夜叉がまだ息づいていたのである。
ここもむずかしい。
一国の和が困難なように、小さい“家”にすら、人間の集合するところ複雑な何かをみな心の襞にもっていた。けれど尊氏は、しごく大ざッぱに、これらの家族を見、ひとまず烏丸のさる女院のお住居のあとへ入れて、時折には通っていた。そして直義なども来合せると、母や登子を笑わせて、団欒に飽かない晩もあった。
しかし、そんなときも、ふと気づくと、越前ノ前と不知哉は、いつかみなのうちから消えていた。直義は敏感なので、あるとき、尊氏へ注意した。
「不知哉丸も十五です。いかに何でも、この春はもう、元服させねばなりますまい」
まもなく、その元服は実現された。しかし身柄は、錦小路殿へひきとられ、直義の養子となって、なのりも、
直冬
と、名づけられた。
彼の生母の越前ノ前が、都から姿を消したのは、それからまもない後だった。
多少の騒ぎはみえたが、家庭の秘事として、表立った捜査もおこなわれず、深いわけを知っている二、三の家臣の間で「おそらく、元の田楽村へ帰ったものであろうよ」