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しゅうふうふき

秋風不帰

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1939(昭和14)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,593 字 · 28 页

青空文庫

六

「……六郎左殿が、謡っているな」

ぎゅと、胸が緊めつけられるようだった。

徒士頭の木暮六郎左衛門の謡曲は誰知らぬ者がない。殊に「鉢の木」が得意で、夏雄も少年の頃から何十回となく耳に慣れていた。

同じ声調である。

昔の通りの静かなさびのある、謡いぶりである。

恐らく寝る前の一刻を、居間に端坐して心ゆくまで独り楽しんでいるのであろう、……その平和な声調が、自分たち一家の悲運と鮮かな対照をなして夏雄の胸を衝いたのだった。

吉郎兵衛は黙ってその姿を見ていた。

六

寝苦しい一夜だった。

三日めの朝の光のなかで眼覚めた夏雄は、ようやく悲運を受止める力を盛返していた。……刺殺された父、切腹した兄、反き去った許嫁、しかも自分も追われている、一時にのしかかって来たこれらの悪運が、三日めの今日になって、ようやく彼のなかに強い反撥力を呼び覚したのだ。

「……御膳の御支度が出来ました」

お高の声がした。

「よし、起きよう」

起き上る夏雄の側へ、お高が恥しそうに近寄って来た。

――や。

夏雄は思わず眼を瞠った。

粗末ではあるが、垢のつかぬ着物に替えている。朱の入った帯を緊めている、髪も梳って、背へ束ねてある。