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かがくろん

科学論

戸坂 潤

「唯物論全書 第一巻」三笠書房、1935(昭和10)年10月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 142,817 字 · 278 页

青空文庫

この目的意識は併しどういう方向に向って発動するか。それは経験の整頓から一定の諸法則を導くように発動する。法則(経験的法則)は経験の実地的な指導のために、常に必要欠くべからざる認識形態なのである。吾々は経験的法則を待たずには一歩も経験を進めることは事実上出来ない。何等かの意味に於て法則を不用なものと考えるのは、必ず経験の実地的な前進を認識目的としない時に限る。例えばだから、事物のただの解釈にとっては、法則などは殆んど全く用がない、夫は例の「構造連関」や「価値への関係づけ」で充分だったわけである*。

* 法則は公式乃至定式(Formula)として表示される。公式を有たず又公式を利用しないでいい科学は、本来一つも存在し得ない筈である。公式を未知の領域に向って使用する代りに、既知の公式を反覆証明することを、公式主義という。公式主義とはつまり、公式を使用しないことを意味すると云ってもいい。

法則は併し、云うまでもなく一種の共通性・普遍性(一般性)・反覆可能性を有たざるを得ない。凡そ一般性を全く欠いた事物や事態はあり得ない。だがこのことは、法則がその特殊的な諸形態へ展開すること(ただの適用だけではない)と、自分自身がまたすでに一つの特殊的な形態であったものとして、より普遍的な形態へと移行することと、従ってそのために