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あな
穴
黒島 伝治
1928(昭和3)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页
左右の腕は、憲兵によって引きたてられてさきに行っている。が、胴体と脚は、斜に後方に残っていた。一人が剣鞘で尻を殴った。しかし老人は、感覚を失ったものゝのように動じなかった。彼は、本能的に白樺の下へ行くのを忌避していた。
「あ、これだ、これだ!」
丘から下って来た看護卒は、老人が歩いて行く方へやって来た。そして、一人が云った。彼等は鮮人に接近すると、汚い伝染病にでも感染するかのように、一間ばかり離れて、珍しそうに、水飴のように大地にへばりつこうとする老人を眺めた。
「伍長殿。」剣鞘で老人の尻を叩いている男に、さきの一人が思い切った調子で云った。それは栗島だった。「どっか僕が偽せ札をこしらえた証拠が見つかりましたか?」
「まあ待て!」伍長は栗島を振りかえった。
「このヨボが僕に札を渡したって云っていましたか。」
彼は、皮肉に意地悪く云った。
「犯人はこいつにきまったんだ。何も云うこたないじゃないか。」
老人の左腕を引っぱっている上等兵が、うしろへ向いて云った。
「なあに、こんな百姓爺さんが偽札なんぞようこしらえるもんか! 何かの間違いだ。」
老人は、白樺の下までつれて行かれると、穴の方に向いて立たせられた。