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りゅうたんだん
竜潭譚
泉 鏡花
「文芸倶楽部」1896(明治29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,899 字 · 30 页
われは涙の声たかく、あるほど声を絞りて姉をもとめぬ。一たび二たび三たびして、こたえやすると耳を澄せば、遥に滝の音聞えたり。どうどうと響くなかに、いと高く冴えたる声の幽に、
「もういいよ、もういいよ。」
と呼びたる聞えき。こはいとけなき我がなかまの隠れ遊びというものするあい図なることを認め得たる、一声くりかえすと、ハヤきこえずなりしが、ようよう心たしかにその声したる方にたどりて、また坂ひとつおりて一つのぼり、こだかき所に立ちて瞰おろせば、あまり雑作なしや、堂の瓦屋根、杉の樹立のなかより見えぬ。かくてわれ踏迷いたる紅の雪のなかをばのがれつ。背後には躑躅の花飛び飛びに咲きて、青き草まばらに、やがて堂のうらに達せし時は一株も花のあかきはなくて、たそがれの色、境内の手洗水のあたりを籠めたり。柵結いたる井戸ひとつ、銀杏の古りたる樹あり、そがうしろに人の家の土塀あり。此方は裏木戸のあき地にて、むかいに小さき稲荷の堂あり。石の鳥居あり。木の鳥居あり。この木の鳥居の左の柱には割れめありて太き鉄の輪を嵌めたるさえ、心たしかに覚えある、ここよりはハヤ家に近しと思うに、さきの恐しさは全く忘れ果てつ。