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どうてい
童貞
豊島 与志雄
「中央公論」1925(大正14)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,314 字 · 13 页
何だか身が縮こまってきた。……父は感づいているのじゃないかしら。うっかりは出来ないぞ。いつまでもじっとして、黙りこくっていた。
「早く行ってきたらいいでしょう。……あ、そうそう、御飯を食べてからにしますか。」
「ええ。」
洋食を食べてから余りたたない腹へ、無理に茶漬を一二杯つめこんだ。
母も一緒に、干物の匂いを立てながら、つつましく食事をし初めた。牛乳だけを飲んだ父は、散歩代りに庭を歩いていた。
「こんど井上さんがいらしたら、昨日の御礼に御馳走をしてあげなければいけませんよ。」
そんなことを云いかける母の側から、ぷいと箸を捨てて立ち上った。が、さて、変に身の置きどころがなかった。
縁側に立ってると、庭の植込の影に父の姿が見えた。
「お父さん、外に何か用はありませんか。」
一寸機嫌をとるつもりで云ったんだが、父は別に怒ってる風も……疑ってる風もなかった。
「上野はどうだい。……もう咲いたかな。」
庭の隅から伸び拡がってる、低い桜の枝の下を、父は浅黒い顔で歩いていた。
「まだでしょう。」
「そうかな……。兎に角この……桜の咲きかける時分が一番眠いものだが、お前も休みだからって朝寝をしないで、しっかり勉強しなくちゃいけないよ。