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きょうそう

競漕

久米 正雄

「新思潮」1916(大正5)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,312 字 · 34 页

青空文庫

しかしそれらしいものは誰れもいなかった。昨日久野が潜んでいたあたりは、今日は夕方から曇ったのでただ茫と黄色い蘆が見えるだけであった。

いよいよ季節に入ったので高商、明治という工合に次ぎ次ぎ競漕会が行われた。そうなって来ると勝敗が他人事ではなく思われて来る。大学の各科でももうレースコースを漕ぎ出した。文科も予定通り五分の力漕まで漕ぎつけて、競漕の三日前からレースコースをやることになった。もうこう差し迫っては泣いても吠えても追いつかない。そこで正々堂々と衆目環視の中に競漕水路を漕ぐのである。土堤の上では野次が寄ってたかった。敵味方の漕力を測ったり比較したりする。だんだんいわゆる土堤評というものが出来上ってくる。それが初めは農科必勝ということに傾いていた。ところが今になって見ると文科の選手もなかなか侮れないという風に形勢が変りかけている。

久野と窪田らは気が気でない。出来るだけうまく漕いで自分らにも自信をつけ、敵へのデモンストレーションをしようと思うからである。敵の漕いだ時間は土堤で先輩や応援の誰れ彼れが測ってくれている。その日文科では農科の漕いだあと十分ばかりしてから薄暮を縫うて漕いで見た。