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けいば

競馬

織田 作之助

「改造 第二十七巻第四号」改造社、1946(昭和21)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,134 字 · 24 页

青空文庫

しまったはずの一代の想いであった。女よりもスリルがあるという競馬の魅力に惹かれて来たという気持でもなかった。この最後の一日で取り戻さねば破滅だという気持でもなかった。一代の想いと共に来たのだということよりほかに、もう何も考えられなかった。そしてその想いの激しさは久しぶりに甦った嫉妬の激しさであろうか、放心したような寺田の表情の中で、眼だけは挑みかかるようにギラついていた。

だから、今日の寺田は一代の一の字をねらって、1の番号ばかし執拗に追い続けていた。その馬がどんな馬であろうと頓着せず、勝負にならぬような駄馬であればあるほど、自虐めいた快感があった。ところが、その日は不思議に1の番号の馬が大穴になった。内枠だから有利だとしたり気にいってみても追っつかぬ位で、さすがの人々も今日は一番がはいるぞと気づいたが、しかしもうそろそろ風向きが変る頃だと、わざと一番を敬遠したくなる競馬心理を嘲笑するように、やはり単で来て、本命のくせに人気が割れたのか意外な好配当をつけたりする。寺田ははじめのうち有頂天になって、来た、来た! と飛び上り、まさかと思って諦めていた時など、思わず万歳と叫ぶくらいだったが、もう第八競走までに五つも単勝を取ってしまうと、不気味になって来て、いつか重苦しい気持に沈んで行った。