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わらうおしおんな

笑う唖女

夢野 久作

「文芸」1935(昭和10)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,719 字 · 31 页

青空文庫

行けば行くほどその青臭い、物狂おしい太陽の香気が高まって来た。彼は窒息しそうになった。

むろん医学生である彼は、その息苦しくなって来る官能の悩みが、どこから生まれて来るかを知っていた。同時にその悩ましさから解放され得る或る…………誘惑を、たまらなく気附いているのであった。だから彼は、現在、蒸れ返るような青葉の芳香の中で、その誘惑を最高潮に感じたトタンに、自分のフックリと白い手の甲に……附いた。汗じみた、甘鹹い手の甲の皮膚をシッカリと…………て気を散らそうと試みた……が……しかしその手の甲の肉から湧き起る痛みすらも、一種のタマラない……………のカクテルとなって彼の全身に渦巻き伝わり、狂いめぐるのであった。

彼は突然に眼を閉じ、唇を噛締めて、雑木藪の中を盲滅法に驀進し初めた。あたかも背後から追かけて来る何かの怖ろしい誘惑から逃れようとするかのように、又は、それが当然、意志の薄弱な彼が、責罰として受けねばならぬ苦行であるかのように、袷衣一枚の全身にチクチク刺さる松や竹の枝、露わな向う脛から内股をガリガリと引っ掻き突刺す草や木の刺針の行列の痛さを構わずに、盲滅法に前進した。