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かんざしをさしたへび

簪を挿した蛇

中谷 宇吉郎

「文藝春秋」1946(昭和21)年12月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,681 字 · 20 页

青空文庫

明治の末期といっても、北陸の片田舎までは、まだ文明開化の浪は押し寄せて来ていなかった。たしか六年生の頃に、初めて電燈がついたくらいで、徳川時代からずっとおどんでいた空気は、まだこの小さい旧い城下町の上を低く蔽っていた。旧藩主は町の一部に、別の御屋敷をもって、一年の半ばは其処に住んでおられた。そして人々はお正月には「殿様のところへ伺候する」習慣をずっと守っていた。

小学校のすぐ後は、小さい山に続いていた。錦城山という山であった。この山には前田家の以前に、山口玄蕃とかいう豪族の城があったそうである。そしてその城が落城する時に、奥方や姫たちが、池に入るか崖からとび降りるかして死んだというような伝説が残っていた。この小高い山は、その当時の子供たちの間には、全く人跡未踏の魔境であった。山は二段になっていて、頂上に本統の城の趾があるという話であったが、其処は怖ろしくて、とても子供たちの行ける場所ではなかった。私などは六年間の小学校生活中に、一度もその城趾までは登らなかった。其処には、簪をさした蛇だの、両頭の蛇だのがいるという噂があった。もちろん一つ一つに落城の伝説がからまっていて、子供たちは誰もそれを疑わなかった。