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そこつひょうばんき
粗忽評判記
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1929(昭和14)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,942 字 · 28 页
この久之進だと云われて信継は妙な笑いを漏らした。彼が粗忽者であることは信継もよく知っている、けれどいま妙な笑いを漏らしたのはそのためではないようだ。
「これは妙なことになったな」
「――なにが妙なことだ」
「いや別の話だ、久之進……」と信継は眼をあげて、「そのほうはこれまでに矢表の勝負をしたことがあるのか」
「矢表の勝負と申しますると」
「一方が矢を射かけ一方が太刀で受けるのだ、矢は五本、射当てれば弓が勝、五本とも落せば太刀が勝だ」
「恐れながらいまだ試みたことがございません」
「なにを云うか久之進」壱岐守が驚いて、「そのほうはせんこく矢表に後れは取らぬと立派に申したではないか」
「いや、あれはただ矢表と伺いましたので、矢表と申せば戦の先陣、武士として先陣に後れは取りませんというつもりでお答えを」
「いや、戦場であろうと無かろうと矢表に二つはないぞ、あれほど立派に云っておきながら、この期に及んでとやかくと」
「いや、別にとやかくと申す訳ではございません、なにしろ」
「まあ待て」信継は失笑しながら遮った、「それではただ縺れるばかりで話にならぬ、このほうから訳を話してやろう久之進こうだ、壬生侯は余の秘蔵する兼光の太刀を欲しがっておられる、もう数年このかた譲れ譲れとせがまれるのだが、余も秘蔵の品で手放すのはいやだから断ってきた。