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もんつきをきるのき
紋付を着るの記
吉川 英治
「東京新聞」1960(昭和35)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,454 字 · 5 页
どうも平凡だが平凡な感も無きをえない。
半月ほど前、佐佐木茂索夫妻とはなしているうちにふと佐佐木氏が言った。『どうするね、三日には』『服装?』『うん』『さ、どっちがいいかな』『紋付にしなさいよ、紋付がいい』。じつは妻も私もそれとは極めていたのである。またつい数日前にも、大岡昇平氏の枕元(虎ノ門病院入院中の)で妻が三島由紀夫氏に会ったら三島氏も『紋付を着せておやんなさいよ』とすすめたという。私はまだ見ていないが、どっちみち三日の朝には、高島屋に頼んであるというその紋付が仕立て上ってきて、私は四十年ぶりで呉服たとうを開けて丸に鷹の羽を見るであろう。そしてそれに袖を通すときの黒羽二重の冷たさが今からおもいやられている。一生着ない、と若気なままに言いきって、あんなにもかんかんにまで病臥の心身をいからせた父へたいしてどう心で詫びるだろうか、まだ実感には持てていない。
おおむね私も人の子並みに都合のいいような悔いの解消を独りひそかにしてにやにや出かけるにはちがいないが――。
(昭和三十五年)