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むらさきのびん
紫の壜
豊島 与志雄
「明日」1948(昭和23)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页
大体そのような話なのである。
私はまだ宵の口に、その酒場へ行ってみた。谷間みたいな低い土地の、焼け残りの一廓で、古びた小さな商家が並んでいる。おでん屋めいた飲み屋がいくつもある。その中の一軒だ。ただ彼女の酒場は、入口が軒並からちょっと引っ込んでいて、その両側に、鉢植えの樹木がこんもりと茂みを拵えている。それだけが特長で、店内は、スタンドの前に椅子を並べ、ちょっとした摘み物にありふれた酒類ばかり。場馴れのした弓子の挙措が、水際立って目につくような、そういうけちな酒場だ。
私が度胸をさだめてはいってゆくと、彼女はすぐに私を見分けた。切れの長い眼を大きく見開いて、驚きとも喜びともつかぬ声を立てた。私が片手を差しだすと、彼女はそれを両手で握りしめた。妙に冷い手だった。彼女は店の方をおばさんに頼んで、スタンドの奥の自室に私を招じた。小箪笥や戸棚や机や火鉢や鏡台などがこじんまりと並んでるその室で、私はなんだか落着かなかった。五年ぶりに見る彼女は、もうミルクホールの娘ではなくて、垢ぬけし世馴れのした年増女に見えた。ただ頬の肉がへんに薄くなった感じで艶がなく、左の耳朶から首筋へかけて火傷の痕があった。