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むらさきのびん

紫の壜

豊島 与志雄

「明日」1948(昭和23)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页

青空文庫

――そうだ、貧乏な者には、結婚のことなど言い出せないのかも知れない。貧乏な私が、今、彼女へ結婚のことを言い出したのも、長い躊躇の後だ。それならば、恋愛は……。貧乏な庶民には、結婚をよそにした恋愛など、猶更無理なことかも知れない。私にしても、恋愛よりは結婚のことばかり考えていたのだ。

なにかしんしんとした思いに沈んでいると、彼女は私の肩をとんと突いた。

「面白くしましょうよ。生きてる間は……。」

それでも、彼女の顔はどこか硬ばってるようだった。

「空襲の頃の方が面白かったわ。」

彼女は立ち上って、小箪笥の上方の小さな抽出の奥を探り、紫色の壜を取り出してきた。

「これ、なんだか分って?」

私は壜を受け取り、栓を開けようとした。

「開けちゃだめ。」

彼女は壜を取り戻して、その毒薬の名を囁いた。

「いざという時のために、わたし、富永さんのお年寄りからわけて貰ったの。こんなものを持ってると、生きてるのに張り合いがあった。けれど、もうこんなもの、つまらなくなったわ。」

その壜を無雑作に、文机の隅に彼女は置いた。そして私たちはウイスキーを飲んだ。

「北海道へはいつ発つの。