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ぜつえんたい

絶縁体

豊島 与志雄

「世界」1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,752 字 · 38 页

青空文庫

或る日の午後、市木さんは竹垣を跨いでやって来て、珍らしいことには私へ声をかけた。出ていってみると、市木さんは縁側近くに突っ立っていた。

「ちょっと来て下さい。そして酒を一杯つき合って下さい。どうも面白くない奴が来ましてね、酒がまずくなった。」

市木さんは昼間から独酌してることも稀ではなかったが、私がその席へ招かれたのは初めてだった。ところが、行ってみると、一人の来客があった。洋服を着た五十年配の肥った男で、頭髪を短く刈りこんでいて、小会社の重役かなんかのように見えた。面白くない奴とはこの客だな、と私はとっさに感じた。そしてなんだか議論の中途らしい空気だった。

その客は、市木さんの亡妻の縁故者で、土居というひとだった。市木さんは私に杯をさしながら、ぶっきら棒に言った。

「土居さんはね、わたしが、弘子の葬式もりっぱにせず、ぞんざいに扱ったと、疑っておられるようです。あなたからひとつそうでないことを証明してやって下さい。」

市木さんはもう喧嘩腰だった。私は酒の相手に招かれたのではなく、実は証人として呼びつけられたもののようだった。

土居さんは鼈甲縁の眼鏡の奥から眼玉を光らせながら、落着いた調子で弁明した。