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しゅちんのズボン
繻珍のズボン
宮本 百合子
「政界往来」1940(昭和15)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,932 字 · 8 页
或る秋の午後、ひっそりとした向島の家の縁側の柱に縮緬の衣類の裾をひいた祖母がふところでをしてもたれかかっている。その片方の素足を、源三という執事が袴羽織で庭石にうずくまって拭いてやっている。島田に紫と白のむら濃の房のついた飾をつけ、黄八丈の着物をつけた娘が、ぼんやりした若々しさを瞳の底に湛えて、その様子を見ている。そんな情景は紫檀の本箱のつまった二階の天地とは異った人間くささで活々としている。祖父は井上円了の心霊学に反対して立会演説などをやったらしいが、祖父の留守の夜の茶の間では、祖母が三味線をひいて「こっくりさん」を踊らしたりした。夫婦生活としてみれば、血の気が多く生れついた美人の祖母にとって、学者で病弱で、しかも努力家であった良人の日常は、欝積するものもあったろう。祖父はお千賀、お前は親に似ない風流心のない女だな、とよく云っていたらしい。祖母の家は茶が家の芸だったのだそうだ。祖母が茶をたてるのは一遍もみたことがない。その代り浅草の鰻屋へはよくつれて行って貰った。趣味にしても人の好悪にしても祖母はどこまでも現世的であったと思う。
後継ぎになる筈の一彰さんという人は、大兵な男であったが、十六のとき、脚気を患った後の養生に祖母はその息子を一人で熱海の湯治にやった。