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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

そうして今の私がそれならば書いてもみたいと思うものは、たとえどんなに平凡なものでもいいから、これから私の暮らそうとしているようなこんな季節はずれの田舎の、人っ子ひとりいない、しかし花だらけの額縁の中へすっぽりと嵌まり込むような、古い絵のような物語であった。私は何とかしてそんな言わば牧歌的なものが書きたかった。私はこれまでも他人の書いたそういう作品を随分好きでもあり、そういう出来事に出遇ったということでその人を羨ましくも思って来たが、私自身でそう言うものを書いてみようとも、又、書けそうにも思えなかった。が、それだけ一層、今の私はそういう牧歌的なものを書いてみたいと思い立ったのである。――私はしかし、それを書くためには、いま自分の暮らしつつあるこの村を背景にするよりほかはなく、と言って一月や二月ぐらいの滞在中にそういう出来事が果して私の身辺に起り得るものかどうか疑わしかった。莫迦莫迦しいことだが、私は何度も林の中の空地で無駄に待ち伏せたものだった。男の子のように美しい田舎の娘がその林の中からひょっこり私の前に飛び出して来はしないかと。……そんな空しい努力の後、やっと私の頭に浮んだのは、あのお天狗様のいる丘のほとんど頂近くにある、あの見棄てられた、古いヴィラであった。