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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

認められた。よく見ると、その男は松葉杖をついているのだ。ああ、こいつだな、彼女がモデルにして描きたいと言っていた跛の花売りというのは! ……そういう後姿だけではよくわからなかったが、その男は、この村の花売り共が大概よぼよぼの老人ばかりなのに、まだうら若い男らしかった。それが一層片輪の故にそんな花売りなんかしていることを物哀れに感じさせた。――そうして、その悲しげな跛の花売りを、私は自分自身の眼で見知るや否や、彼女がその姿を絵に描いてみたいと言っていただけでもって、その跛の花売りに私の抱いていた、軽い嫉妬のようなものは、跡方もなく消え去った。……

しかし、数日前水車の道で彼女に親しげに話しかけていたところを私の目撃した、あの画家だという、ベレ帽をかぶっていた青年は、その顔なんか明瞭には覚えていなかったが、それだけ一層、その男の漠とした存在は、何かしら私を不安にさせずにはおかなかった。彼女はその画家のことはそれっきり何んにも私に話さなかったが、ひょっとしたら彼女はそれまでに何遍もその画家に出会っており、そして私の知らない間に互に親しくなりだしているのではないかと云うような懸念さえ私は持ちはじめていた。