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ろうぎしょう

老妓抄

岡本 かの子

「中央公論」1938(昭和13)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,601 字 · 31 页

青空文庫

滞在一週間ほどすると、電気器具店の蒔田が、老妓から頼まれて、金を持って迎えに来た。蒔田は「面白くないこともあるだろう。早く収入の道を講じて独立するんだね」と云った。

柚木は連れられて帰った。しかし、彼はこの後、たびたび出奔癖がついた。

「おっかさんまた柚木さんが逃げ出してよ」

運動服を着た養女のみち子が、蔵の入口に立ってそう云った。自分の感情はそっちのけに、養母が動揺するのを気味よしとする皮肉なところがあった。「ゆんべもおとといの晩も自分の家へ帰って来ませんとさ」

新日本音楽の先生の帰ったあと、稽古場にしてある土蔵の中の畳敷の小ぢんまりした部屋になおひとり残って、復習直しをしていた老妓は、三味線をすぐ下に置くと、内心口惜しさが漲りかけるのを気にも見せず、けろりとした顔を養女に向けた。

「あの男。また、お決まりの癖が出たね」

長煙管で煙草を一ぷく喫って、左の手で袖口を掴み展き、着ている大島の男縞が似合うか似合わないか検してみる様子をしたのち

「うっちゃってお置き、そうそうはこっちも甘くなってはいられないんだから」

そして膝の灰をぽんぽんぽんと叩いて、楽譜をゆっくり仕舞いかけた。