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にくたい
肉体
豊島 与志雄
「文芸」1935(昭和10)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,219 字 · 26 页
て、ひとりでに動きだして、その物になってゆく……そんな感じを受けるんです。小野君の画布の上には、全体が赤の色調をもった、そして所々淡く紫がかった、いろんな線や斑点がばらまかれて、それが今にも一人で動きだして、何かになろうとしています……。見ると、赤ん坊はすやすや眠っていて、真白な着物を着、枕も布団も真赤なもので……丁度人形のようでした。小野君は描くよりもじっと眺める方が多くて、やがて絵筆をすてて大きく息をつきました。
「どうも……素敵だなあ……むずかしい。」
そして赤ん坊の方に歩み寄って、大きな指先で、頬辺をつっつきました。赤ん坊の顔は、くしゃくしゃになって、それから波が消えるように静まり返って、大きな黒い眼をぱっちり開きました。
「あら、起っきしたの。」
トキエが笑いかけて、小野君の絵のことなんかお構いなしに、抱き上げてしまいました。そして真赤な布団の代りに、やはり真赤なちゃんちゃんこにくるんで、乳を含ませているのを、小野君も私も、ぼんやり眺めました。
「だめだなあ……奥さんは。」
「だって、あまり長いんですもの。……ねえ、可哀そうね。」
子供にそう呼びかけておいて、彼女は笑っていました。