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にくたい
肉体
豊島 与志雄
「文芸」1935(昭和10)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,219 字 · 26 页
そしてその晩、万事が、やはり、至極簡単にあっけなく……。
妙なもんでして、こっちの気をもたせるような、何かこう少しでも愛想を示されたら、私もそれきり忘れたかも知れませんが、あまりあっさりとやられたものですから、却って心残りがして、それがきっかけで、度々通うようになりました。そして度重るにつれて、私の心は、ぬるま湯にでもつかるように、彼女に囚われていきました。全く、ぬるま湯でした。彼女は何一つ私に逆らうことがなく、何一つ私の気持にさわることがありません。二人はほんとに気が合ってるんだな、とそう思うようになりましたよ。
ところで、いくら、質屋の若旦那……という年配でもありませんが、親父がまだ元気で、店の方のことは大体見ていてくれますし、私は責任の軽い身で、親父の代りに、交際の宴会に出たり、取引先を廻ったりするだけで、隙でぶらぶらしていて、学生時代から好きだった「芸術」をなまかじりしたり、文学者や画家たちのお伴をして飲み廻ったり、尤も、そんな時には金は私が払うことが多かったのですが、とにかく、年にも似合わないよい身分の若旦那でしたが、それでも、さすがに考えましたね。