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じゆうとしんぽ
自由と進歩
中谷 宇吉郎
「心」平凡社、1957(昭和32)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,610 字 · 19 页
しかしあれだけの論争があったにもかかわらず、互いの議論がそれ合う場合が多く、結局うやむやのうちに立ち消えになった傾向が、多分にある。煎じつめれば、自由は目的であるか、手段であるかという問題であるから、左右いずれかに岐れることはあっても、うやむやにはなり得ない性質の問題である。それが立ち消えになったのは、問題の取り扱い方に曖昧なところがあったからではないかと思われる。その第一は、自由という言葉の定義が、はっきりしていなかった点にあるのではなかろうか。
日本語では、自由という言葉は、一つしかない。自由という観念は、西欧から輸入されたもので、その翻訳をする時に、何でも自由という一つの言葉にほうり込んだ傾きがある。これは小林秀雄氏の説であるが、英語には、フリーダム(freedom)とリバティ(liberty)と二つの言葉があるが、日本語では両方とも「自由」になってしまう。
具体的に考えてみても、自由という言葉は、正反対の場合に、同様に使われることがよくある。旅行の制限などがその例で、国内の旅行が制限されたら、自由を剥奪されたと感ずる人が多い。そういう人たちにとっては、その規則は、非常な不自由である。