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したのすさび

舌のすさび

吉川 英治

「あまから」1960(昭和35)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,492 字 · 7 页

青空文庫

野菜椀のうちによく合せてある蕗などにしても、ああイヤ甘い薄味なのよりは、惣菜味の“ショッパイ”煮方のほうがいい。どうも東京の下町人の舌にも近ごろはそのショッパイ味覚がさっぱり忘れられてきた。まだ戦前までは不忍ノ池に亭欄を張り出していた岡田というのが、その江戸いらいのショッパ味を持ちささえていたが、あの家などがさいごの東京の下町料理であったかもわからない。

蕗といえば、茎ばかりでなく、あの蕗の葉までを細かに刻んで、母は佃煮にしてたべさせた。珍重はできないが、そうまずいものではない。浅草の仲見世には、そのキャラ蕗と山椒の佃煮だけを、まげものの容器で売っていた代々の小店が――それこそ気づかないような小店があったが――やりきれません、と言ってつい二年ほど前に店をやめてしまった。こんな特有な古舗は上方でもずいぶん失くなっているのだろうか。せめて思い出しては家庭でやらしてみるしかない。だが毎年、季節になると大原の寂光院の小松智光尼が、じぶんで作った山椒の佃煮を忘れず送ってくださるが、これはひどく芽のこまい丹精なものである。そして東京のそれとはちがう京都の辛味がべつな趣きをもっている。