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えんしょ
艶書
山本 周五郎
「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页
こんなふうに考えているうちに、出三郎はふとぎぎっとし、おちつかない眼であたりを見まわした。
――悪戯をされたんだよ。
そういう声が聞こえたように思ったのである。もちろん心の中の声だが、まるでそこに誰かいて、うしろからそっとささやきでもしたような感じであった。彼は急に興冷めた気持になり、渋い顔をして手紙を投げだした。
「まあそんなところでしょう」と彼は自分に云った、「こんな部屋住みの、こんな気のきかない人間に、本気で恋をするような娘があるわけはない、まあうぬぼれないほうがいいでしょうな」
しかし実際にはそう簡単に割り切れるものではない。本当にそういう娘がいて、自分のために悩んでいるという気もする。同時にそれが誰かの悪ふざけで、当人は共謀者(あるとすれば)といっしょに、どこかでくすくす笑っているようにも思えた。
「そうだ、七重に話してみよう」やがて、眠れない寝床の中で彼はそう呟やいた、「七重に話してみれば見当がつくかもしれない、少なくとも悪戯かどうかくらいはわかるだろう」
明くる朝。――
井戸端で顔を洗っていると、生垣越しに七重の姿を認めた。彼女は紫色の地にこまかく花を染めだした振袖を着、金茶色の帯をしめ、髪には簪がきらきら光っていた。