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えんしょ
艶書
山本 周五郎
「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页
七重はさっと赤くなった。赤くなりながら両手をうしろへまわし、その手紙のほうは見ずに云った。
「それ、お手紙なのでしょ」
「そうです、ひと口にいえば艶書です。もっとも書いてある文句を信ずればですがね」
「だって」と七重は口ごもった、「信ずればって、どうしてですの」
「だってわかるでしょう」と彼は云った、「私のような部屋住みでくすぶっている人間に、本気で恋文をつけるような者がいるはずはない、ゆうべ来た人たちの誰かの悪戯だと思うんです、あなただってそう思うでしょう」
七重はなにか云いそうにしたが、云いかねたようすで、ただそっと首を振った。
「読んでみてください」と彼は云った、「そうすれば筆癖で誰だかわかるでしょう。わかってもべつにどうもしやあしませんよ、悪戯だということをたしかめればいいんですから」
「いいえ――」七重はうしろへさがった、「わたくしにはできませんわ、そんなこと、わたくしいやでございます」
いちど赤くなった七重の顔が、このとき額のあたりからあおざめ、唇をかみながら、怒りのようなまなざしでこちらを見あげたと思うと、出三郎の呼びとめる暇もなく、身を翻がえすようにして去っていった。