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えんしょ

艶書

山本 周五郎

「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页

青空文庫

明くる年の夏のはじめに、出三郎は思いがけない知己を得た。

彼には立志館の先輩であり、兄には旧友の定高半兵衛という男がいた。定高はやはり老職であるが、半兵衛は実子ではなく、林久太夫(留守役三百石)の三男から養子に入ったものであった。立志館でも俊才といわれたし、求真堂でも師範をしのぐと評された。三年まえ藩侯の側近へあげられて、江戸、国許ともお側去らずだったが、そのとき展墓のため(理由はほかにあった)帰国したといい、兄の和兵衛を訪ねて来たついでに、出三郎の住居をのぞいたのである。

出三郎はすっかりまごついた。

定高半兵衛ともある者が、わざわざ彼の住居などへ来ようとは、まったく思いがけなかったからである。だが相手は気軽にあがりこみ、こちらの挨拶など聞きながして、部屋の中を見まわしながら云った。

「人から聞いたんだが、郷土誌の資料を集めているそうじゃないか」

「いや、それは」出三郎は狼狽した、「それはそんな、たいそうなものじゃないんです、ただ暇つぶしにやっているだけで」

「書いたものがあるんだろう、ちょっとみせてくれないか」

出三郎は赤くなってこばんだ。しかし半兵衛はそれが目的で来たらしく、さっさと立って部屋の一隅へゆき、そこの机辺に置いてある筆記類を、自分で取って見ようとした。