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ばしょうについて
芭蕉について
宮本 百合子
「新女苑」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,634 字 · 14 页
宗房もその相手をし早くから俳諧にはふれていたとみられている。「犬と猿世の中良かれ酉の年」というような句を十四歳頃作ったという云いつたえもある。
蝉吟公が没して、当時二十三四歳であった宗房は「雲と隔つ友かや雁の生別れ」という句を親友に残して上野町から京大阪へ出奔した。原因は何であったろう。いろいろのことが云われているらしい。例えばその時代の武士社会のしきたりに触れる女のひととの恋愛問題が、彼を故郷から去らせたという風な。実際には幾つかの事情がかたまって亡命させたのだろうが、原因はどうであろうとも、とにかく若殿の近侍であった宗房がその主人の死とともに出奔し得たところに、その時代の武士気質が崩れかけて、もう武家時代の気風と異って来ている空気が感じられて面白い。京大阪での五六年間を、宗房はこれまでのつづきで談林派の北村季吟の門に遊んだり、漢籍や書の修業に費したらしいけれども、彼の多感な青春彷徨は、武家時代をひきついで十七世紀の日本の歴史に新時代を画しつつあった商人擡頭期の京大阪の豪奢な日夜のうちに漂って、あらゆる現世的な色彩と歎息とを経験したのは当然であったろうと思う。