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はなび

花火

太宰 治

「文芸」1942(昭和17)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,233 字 · 29 页

青空文庫

節子は自分の耳を疑った。

「何を言うのよ。」かえって松やを、ぶってやりたかった。「兄さんは、そんな人じゃないわ。」

「はい。」松やは奇妙な笑いを浮べた。はたちを過ぎている。

「お金はどうでも、よござんすけど、約束、――」

「約束?」なぜだか、からだが震えて来た。

「はい。」小声で言って眼を伏せた。

ぞっとした。

「松や、私は、こわい。」節子は立ったままで泣き出した。

松やは、気の毒そうに節子を見て、

「大丈夫でございます。松やは、旦那様にも奥様にも申し上げませぬ。お嬢様おひとり、胸に畳んで置いて下さいまし。」

松やも犠牲者のひとりであった。強奪せられたのは、貯金だけではなかったのだ。

勝治だって、苦しいに違いない。けれども、この小暴君は、詫びるという法を知らなかった。詫びるというのは、むしろ大いに卑怯な事だと思っていたようである。自分で失敗をやらかす度毎に、かえって、やたらに怒るのである。そうして、怒られる役は、いつでも節子だ。

或る日、勝治は、父のアトリエに呼ばれた。

「たのむ!」仙之助氏は荒い呼吸をしながら、「画を持ち出さないでくれ!」

アトリエの隅に、うず高く積まれてある書き損じの画の中から、割合い完成せられてある画を選び出して、二枚、三枚と勝治は持ち出していたのである。