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かしょく

花燭

太宰 治

1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,501 字 · 38 页

青空文庫

歩いて五、六分、家は、すぐわかった。なかなかハイカラな構えの家だったので、男爵には、一驚だった。呼鈴を押す。女中が出て来る。ばかなやつだな、役者になったからって、なにも、こんなにもったいぶることはない、と男爵は、あさましく思った。

「坂井ですが。」

けばけばしいなりをして、眉毛を剃り落した青白い顔の女中が、あ、と首肯き、それから心得顔ににっと卑しく笑って引き込み、ほとんどそれと入れちがいに、とみが銘仙を着て玄関に現われた。男爵には、その銘仙にも気附かぬらしく、怒るような口調で言った。

「用事って、なんだい。あんな手紙よこしちゃいけないよ。僕は、これでも、いそがしいのだからね。」

「ごめんなさいまし。」とみは、うやうやしくお辞儀をして、「よくおいで下さいましたこと。」深い感動をさえ、顔にあらわしていた。

男爵は、それを顎で答えて、

「いい家じゃないか。やあ、庭もひろいんだね。これじゃ、家賃も高いだろう。」有名な女優は、借家などにはいなかった。これはとみが、働いて自分でたてた家である。「虚栄か。ふん。むりしないほうがいいぞ。」男爵は、もっともらしい顔してそう言った。