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よしとししゃせいちょう

芳年写生帖

野村 胡堂

「オール読物」1938(昭和13)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,626 字 · 26 页

青空文庫

「そう言うわけじゃございませんが、お気に召さないといけませんから、描くのは勘弁して下さい――死人や梟し首と並べて描いちゃ、第一気色が悪うございます」

芳年は縛られ乍らも、頑強にはね飛ばしました。こみ上げて来る強大な自尊心がガタガタ顫え乍らも、斯う言わせずには措かなかったのです。

「無礼な奴だ、そんな事を言うと、痛い目を見るぞ――絵描きだと言っても、描くところを見なければその帳面の絵だって、誰が描いたか解ったものじゃない。其方、彰義隊の落武者ではないか」

「と、飛んでもない」

そう言う芳年の後に廻って一人は鍔を鳴らしました。

「此奴、斬って捨てようか」

「フム、それも宜かろう」

二人は何やら合図をして居ります。

「あッ、お許しを。私は、彰義隊なんかじゃございません」

颯と来た一刀、縛られ乍らも危うく首を縮めましたが、二度目の太刀は防ぎようはありません。

が、その時奇蹟が起りました。芳年の頭上に振り冠った一刀は宙に飛んで、

「あッ」

飛退く官兵の一人は、足を苅られて屏風の如く倒れたのです。

「己れッ」

飛付くもう一人の官兵の前へ、石垣を這い上ってスックと立ったのは、先刻姿を隠した日下部欽之丞の満身に返り血を受けて、地獄の底から跳出した、幽鬼のような物凄い姿です。