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えいほんどじょうりくせんのぜんや

英本土上陸戦の前夜

海野 十三

「新青年」1941(昭和16)年 2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,727 字 · 72 页

青空文庫

「……なんにも言わないで……なんにも考えないで……そしてもうあたしを捨てていかないでよゥ」

彼は、名状すべからざる困惑を感じた。しかし遂に、彼は女の躯から手を放そうとはしなかった。自分の胸の中で、嗚咽するその女が、ただもういじらしくて仕方がなかったし、それに、

(うむ、ひょっとすると、この女は、自分の女房であるかもしれない)

と思ったのである。

彼は、女の髪をやさしく撫でてやった。

女は、また更に大きな声をあげて、彼の胸の上で泣きだした。

(……おれは、女房にめぐり合ったんだ。どうも、それに違いない。女房のやつ、おれがもう監獄から出てくるかと思って、今日もこのへんをうろうろしていたんだ。そこへ空襲警報が鳴り響き、この防空壕へとびこんだ。そして神の名を呼んでいると、その前へ、いきなりおれの顔が電灯の光の中に現れた。そこで必死になって、おれの服をもって引き下ろしたのだ。どうも、そうらしい。いや、それに違いない)

彼は、女の髪の上に、そっと唇を押しつけた。

(……おれの女房は、空襲が終ったら、おれを自分の家へ連れていってくれるだろう。そして、おれが知りたいと願っていたおれの過去について、すっかり説明をしてくれるだろう)