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きくちよしょう

菊千代抄

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页

青空文庫

自分は女なのか、それとも男なのか。

こうしてやがて菊千代は疲れた。暴れることにも泣くことにも疲れ、思い悩むことにも疲れて、虚脱したようにおとなしくなった。食事も少しずつ摂るようになり、拒んでいた医者の診察も許した。……馬の疾走という出来事のために、初潮としては多量であったが、からだには異状のないこと、今後も案ずるようなことはないだろうという診断であった。

その報告を聞いたからであろう。診察のあった翌日に父が来た。

「このあいだはたいそう逆鱗だったな」

貞良は、こう云って笑いながら、自分から菊千代の居間へはいって来た。菊千代は顔が赤くなるのがわかった、肚立たしいほど恥ずかしくて、どうしても眼をあげることができず、泣きだしそうで口もきけなかった。

「話すおりがなかったので、さぞ驚いたろうと思うが、これにはわけがあるし、もともとそんなにうろたえ騒ぐほどのことではないのだ」

貞良は気軽な口ぶりでその理由というのを語った。

巻野家には古くから、初めに女子が生れたらそれを男としてそだてるという家訓のようなものがあった。そうすれば必ずあとに男子が生れるというので、これまでにもそうした例が実際にあり、そのままずっと伝承されてきた。