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きくちよしょう

菊千代抄

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页

青空文庫

そのまえの年から遊び相手として七人ばかり、家中の同じとしごろの子供が選まれて来た。これらのうちはっきり覚えているのは、僅かに左の三名だけである。

庄吾満之助  中老角左衛門の三男

巻野 主税  別家遠江守康時の五男

椙村半三郎  側用人半太夫の二男

そのほかには「赤」とか「かんぷり」とか「ずっこ」などいうあだ名が記憶にあるが、その意味もわからないし、顔かたちもたいてい忘れてしまった。

さて六歳のときのことであるが、浜町の屋敷の庭で遊んでいるうち、乳母の松尾がちょっと側を離れた隙をみて、誰かが池の魚をつかまえようと云いだした。菊千代のほかに三人ばかり、すぐさま袴をぬぎ、裾を捲って、池の中へはいって魚を追いまわした。そのうちに菊千代の前へまわった一人が、とつぜん大きな声で叫んだのである。

「やあ、若さまのおちんぼはこわれてらあ」

菊千代はぎくっとして、捲っていた裾を反射的におろして棒立ちになった。叫んだ者が誰であったか思いだせない、その瞬間の自分の気持も、漠然とした恐怖というくらいの印象しか残っていないが、ふしぎなことには、まわりにいた者がみんなぴたりと鳴りをひそめ、息をのんだような異様な顔つきをしたことだけは、かなり年月が経ってからもあざやかに思いだすことができた。