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おちむしゃにっき

落武者日記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 页

青空文庫

二の一

右のとおりに候間おいおい御注進申上ぐべく候也

九月十七日

田中兵部大輔

「もうこんな処まで!」

祐八郎は茫然とした。こんな処までもう手配が廻っているとすれば、主君の身上はどうなったことか分らぬ、佐和山へも行けるかどうか。

「いやここで挫けてはいかん」

彼は自分を叱咤した。

「ひと眼でも御主君に会わぬかぎり死んではならん、どんなことをしても佐和山城へ入るのだ、どんなことをしても」

卒然として起った馬蹄の音に、はっと我に返った祐八郎の背後へ、

「落武者だ、みんな出あえ!」

と喚きながら三騎の武者が馬を煽って殺到して来た。祐八郎は本能的に太刀を抜いた。抜きながら、右手の、深い叢林の丘へ、脱兎のように跳びあがって行った。

二の一

ひと息、丘を登ったところで、

「わっ」

というような叫びとともに、追い詰めて来た者が、うしろから槍を突きだした。穂先が外れた刹那、うしろ手に切り払った祐八郎の太刀が、偶然にも相手の両眼をみごとに薙いだ。……そのとき祐八郎は、ぎゃっと悲鳴をあげて転げ落ちる相手のうしろに、斜面を登って来る三人の武者たちの、大きく瞠いた眼と、なにか喚いているらしい口とが、なぜかしらひどくはっきり眼にうつった。