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あし

葦

山本 周五郎

「週刊朝日」朝日新聞社、 1947(昭和22)年6月22日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,406 字 · 25 页

青空文庫

「冗談じゃない、まるっきりみえないよ」

「ひとつ叩かれてみよう」

市蔵は立って道具を着けた。三本たちあって二本とられた、しかし又五郎の取った一本はたしかなものだった、それが彼に云いようのないよろこびと自信を与え、ほとんど涙ぐんだ。

年が改まった、雛の宵節句に、彼は千神家へ招かれた、客は彼ひとりだった。母堂や二人の妹たちが心をこめて接待してくれた。そのあと、差向いで酒を飲みながら、市蔵がしずかに彼の眼を見、さりげない調子で女のことを訊いた。彼はごくしぜんに苦笑した、ごくしぜんに……。

「だが、それはたしかなのか」

「たしかだ、あれは機会を待っていたんだ、うちに重代の古鏡があった、売り食いも底をつきかけたとき、道具屋が二十金で買おうとせびった漢代の珍しい品だそうだ。重代の家宝というのでつい売りそびれていたが、あれはそいつを持って逃げた、おかげで支払いも済んだことになる」

「気持にもあとくされはないか、もういちど逢うようなことがあっても……」

「灰には火はつくまい、きれいに燃えきった」

「けっこうだ、そこで相談がある」市蔵は盃を置いた。「そうはっきりしたら勤めに出ないか、おれの役所で書役に空席がある、どうだ」