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ヒューネラル・マーチ

葬送行進曲

野村 胡堂

「文芸倶楽部」1931(昭和6)年4月増刊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,494 字 · 25 页

青空文庫

呪われた名曲

呪われた名曲

「どうなさいました、貴方」

若い美しい夫人の貴美子は、夫棚橋讃之助の後を追って帝劇の廊下に出ました。フランスから来た某という名洋琴家の演奏が、今始まったばかりと云う時です。

「とても我慢が出来ない、あの曲は俺に取ってはヒドク不吉なんだ」

「マア――」

ショパンの「葬送行進曲ソナタ」を第一楽章だけ聴いて飛出すのは、随分乱暴な態度だとは思いましたが、美しい夫人は別に逆らおうともせず、玄関前の大きい丸椅子の上へ夫と並んで深々と身体を埋めました。

「あの曲を聴くと碌な事は無いんだ、一応プログラムを見て来るとこんな馬鹿な目に逢う筈は無いが、まさか初日のプログラムに、あんな曲目を出す筈が無いと思ったのが仰々の間違さ」

棚橋讃之助は葉巻へライターを鳴らして、享楽的に紫の煙を吐き乍ら、夫人を相手に、それでも心持声を潜めます。

三十七八の、実業家らしく脂の乗って来た風采ですが、年にも風采にも紛らせない、坊ちゃんらしいところのあるのは、苦労知らずに先代の仕事を承け継いで、伝統と暖簾と忠実な支配人のお蔭で、素晴らしい儲けを黙って受取って居られる身分のせいもあったでしょう。