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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

そいつを露骨に云わないで、『すむは由縁の月の影、忍びてうつす窓の内』と、わざと余情を持たせてあるのがいいじゃないか。お久なんぞはこう云う意味を考えないで唄っているから心持が現れない」

「成るほど、伺ってみるとそう云う意味になるかも知れませんが、それを分って唄っている人は幾人もありはしないでしょう」

「分らない人には分らないでいい、分る人だけが分ってくれる、と云った態度で作ってあるのが床しいと思うね。何しろ昔は大概盲人が作ったんだから、それだけにひねくれた、陰気なところがあるんだよ」

酔わないと唄う気になれないと云う老人は、今がちょうど唄いごろの酔い心地であるらしく、自分も盲人のように眼をつぶってあとをつづけた。

年寄りの癖の早寝早起きで、まだ宵の口の八時と云うのにもう老人は床を敷かせてお久に肩を揉ませながら眠りに就いたが、廊下を一つ隔てた部屋に引き取った要は、酒の勢いで無理にも寝入ろうと布団を被ってみたものの、いつもの宵っ張りに馴らされた眼がそう容易にはまどろまないで、長いあいだうとうとしていた。本来ならば彼はこのように一人で一室を完全に占領して眠るのが好きであった。